2013年07月24日

7/20 海

 向かい合って食事を摂っていて、そういえばあの時ね、と思い出話が多くなっていることに気づく。
 私から話すことは少なくなり、あなたがぽつぽつと言葉を拾うようになっていた。今話しているのは海に行った時のことだった。外洋と内海を一本の道の左右で見たその場所を、あなたは懐かしく語る。
 ああ、そういえばと私は思いだす。砂浜を歩いたとき、丸々と光るものを見つけたのだった。砂に埋もれて透明に固まるそれは、引き潮に乗り損ねたクラゲの死骸だった。
 そんな丸く光る死骸が、気がつけば砂浜のあちこちに黙って、ボタンのように埋まっていたのだ。かつての柔らかさなど、どこにも無く。
 虚ろな、虚ろな、会話の中で引き潮に乗り損ねたクラゲを思い出した。
 砂浜に固まって咲いた海の月達。

 また海に行きたいね、とあなたが言った。
 そうね、と私はこたえた。

posted by かみうお at 08:45| Comment(0) | かみうお | 更新情報をチェックする

2013年07月23日

7/19 ただの飾り

「『首飾り』って読んだことある?」
と聞かれたので、モーパッサンでしょ、と答えておいた。
「そう、あの借りた首飾り失くしたから必死に働くんだけど、結局それイミテーションだったからそんなに価値無かったのよ、って」
「うーん、まあ働く価値が分かったから人生ではトントンなんじゃない。」
「うう、そうやってすぐ結論付けないでよ」
何を言ってるのやらと、私は目の前で口をとがらせる人を見る。
「もうすこし聞いてくれたっていいじゃない。」
おや、と私は体を向ける。どうやら聞いてもらいたいことが他にあるらしい。最初に主題を言う私に対して、この人は前ふりをし、時系列で組み立て、やっと本題に入る人だった。
 ということはこれからが本題で、物語の話をしたいわけじゃなかったのか。共感のための準備を私はどっこらしょとする。
「だからねえ」
「はいはい」
「あの、イヤリングなくしちゃったんだけど、どこで買ったの?」

 ガチだったのか!

posted by かみうお at 21:03| Comment(0) | かみうお | 更新情報をチェックする

2013年07月19日

7/18 足のサイズ

 黒ずんできたので、下駄を洗った。人数分洗うと結構な量になった。
 縁側に並べていたらあなたが笑う。すごいね、ムカデの医者迎えみたいだ。
 一つダメになったら次を買えばいいでしょうに、と私は言う。昔から変わらないところに住んでいるこの人はサイズが違う下駄を順番に持っている。履かなくなったものも私は毎年洗っているから、小さいものから順番にずらりと並ぶわけだ。
 そうだねえ、いっそムカデにあげようか、と口に手を当てて憎まれ口をきく。つねってやりたい。
 青空にさらされて、下駄はみるみるうちに白く乾いていく。

「そのうち誰か使うようになるかしら」
もう何年も繰り返すことばを私はまた言う。あなたはそして毎年の言葉を続ける。
「誰が使わなくてもいいんじゃない。」
曖昧な言葉がまた、下駄の行き先を決める。捨てないもの。捨てられないあなた。

 サイズだけが合う男物の下駄を片方だけ、私はつま先にひっかけて飛ばした。

posted by かみうお at 00:16| Comment(0) | かみうお | 更新情報をチェックする

7/17 途切れ途切れ

 その頃万年筆なんか貴重品だろうから、あるわけないって言う人がいるんだって。
 あなたが言ったことにわたしは目をむいた。
 冗談じゃないわよ、おじいさんの形見のハガキはインクで書いてあるわよ。あるものも無いっていうのかしらね。

 さあ、そこさ。鉛筆よりも万年筆が普及した理由ってなんだと思う。鉛筆は質が悪かったから、万年筆の方が便利がよかったのさ。手帳も支給されてたし。万年筆とインク自体も支給されたんだって。

 それで、毎日手紙が書けたわけね。

 祖母に毎日ハガキを書き続けて結婚までこぎつけた祖父のハガキは、戦中戦後のどさくさにまぎれて、たった一枚しか残っていない。エピソードに事欠かない祖父だけれど放っておいたら、家族の思い出は途切れてしまう。
 いつしか、あなたはわたしの祖父の周りの資料を集め出した。祖父を取り巻いていた政治や社会。
 それは祖父という一人の人、職業軍人でパイロットだった彼をぬけがらにしないために、途切れ途切れの点をつなげていく作業。

 その点を結んで、あたりまえにいきる、という一文を浮かび上がらせる作業だ。



posted by かみうお at 00:14| Comment(0) | かみうお | 更新情報をチェックする

2013年07月17日

7/16 形だけの笑顔を向けて(散文)

 おかしくないのにわらえるもんか、という若いひとにおかしくないから笑うんだよと言いたくなって黙った。体の先から冷たくなるのに年を重ねたことはちっとも役に立たない。ひとつひとつかなしくなる前に口を釣り上げて頬を曲げる。わらうんだよ、わらうんだよ。わらう形がわらいをつれてくる。そして涙が出そうになったら舌の先をちょっとだけ噛むといい。そうやって止める。どうしても止める。形だけでも笑顔を向ける。作るんじゃなくて向ける。おかしくないからわらうのさ。
posted by かみうお at 01:42| Comment(0) | かみうお | 更新情報をチェックする

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