2013年08月14日

8/10 日に焼けた腕

 亡夫の同僚だったという方が訪ねてきた。座敷の上座にきっちりと正座したその方とは、父が話してくれている。冷たい井戸水と、曲がった胡瓜くらいしか出せるものが無いのを申し訳なく思う。時世だから仕方ないけれど、我が家にもいらしたことがあったのだろうか。本当に数少なく、亡夫が催した宴で彼が機嫌よくマンドリンを弾いていた姿を思い出した。歌ったことも、あったのかしら。
 お前もおいで。お話されたいそうだよ。
 父から言われて、私も座敷に赴いた。顔を見るのは失礼だから、私が見たのはその方の正座した膝と置かれた拳だった。
「軍曹には航空隊時代お世話になりまして」
めっそうもない、と私はこたえる。
「出撃されたまま、お帰りにならなかった。」
一呼吸おいて、同期で残ったのは自分だけです、と続けた。
「こうして、同期の家庭を失礼ながら一軒一軒回らせていただいております」
カナカナと蝉の声が変わった。
「どうして、自分は生きているのでしょう」
私はほんの少し、視線を上げた。彼の腕が見えた。よく日に焼けた腕だった。


 何年もたって、それから?と尋ねる孫に私はくりかえし、その話を聞かせた。

 あの人、どうしてるかねえ。
 生きていてほしいねえ。

 カナカナ蝉が鳴くと、日焼けして行きかう人々に、私は彼を思い出す。


 ※祖母の語りから。祖父は陸軍航空隊所属。教官をしていて同期は一人を残して戦死したとか。
生き残りの一人の方は順番に同期の家庭を訪れ、この小説の通りのことを言って去られたとのこと。
消息はその後不明。
「生きていてほしい」は物ごころついたときから、私と祖母の毎年の会話になった。
posted by かみうお at 01:37| Comment(0) | かみうお | 更新情報をチェックする
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